アニメ『僕のヒーローアカデミア』のキャラクターたちに彩られた7色のラッピング電車や、キャラクターの声で案内される路線バス。2024年から2025年にかけて行われた「ヒロアカ✕静鉄コラボ」は県内外から多くのファンが静岡に集結する一大ムーブメントを巻き起こしました。その立役者となったプロジェクトメンバーが、コラボ企画の裏話をリアルに語りました。
【座談会メンバー】
海野宅朗さん(静岡鉄道)
コラボを発案し実現にこぎ着けた中心人物。発案当時は鉄道の安全を守る安全推進課に所属。
三好絵里花さん(静岡鉄道)
企画始動当時の海野さんの部下。若手代表としてプロジェクト運営の中心に。
石原侑典さん(しずてつジャストライン)
コラボ企画第2弾ではバス部門を率先して牽引。海野さんの元上司。
鈴木一誠さん(静鉄アド・パートナーズ)
コラボツールや装飾、グッズなどのデザインを担当したグラフィックデザイナー。
荒尾周さん(静鉄アド・パートナーズ)
前任からこのコラボ企画を引き継ぎ、コラボイベントの運営を陣頭指揮。
発案者は安全推進課の社員
―ヒロアカコラボの第一弾がスタートしたのは2024年でした。どんなきっかけから始まったのでしょうか?
海野 コラボが始まる1年前の3月から企画は始まりました。当時はコロナ禍が明けて間もなく、鉄道やホテルはかなりお客様が減っている状態で。鉄道もホテルも人流が動いてこその事業ですので、何か関係人口を創り出す企画ができないかと考えていたとき、自分の好きなものと絡められたら面白いと思い、当時から自分がファンだったヒロアカに目を付けたのが最初です。
―海野さんは広報宣伝の担当だったのですか?
海野 いえ、安全推進課という課で、安全を守るための仕事をしていました。この企画は当時の営業会議という会議に企画を持ち込んだのが始まりで、安全推進課のミッションだった「従業員のエンゲージメント向上」という観点から立案しました。安全を守るためにはハード面も含め費用がかかります。事業部門として収益を確保しながら従業員のエンゲージメント向上に寄与できる企画も安全推進課の仕事の一つだという考えです。今となってはそれも完全にこじつけだった気がします。企画にGOが出たときも、安全を守るために任命されたというよりは、「自分で言い出したんだから最後までやってみなさい」という感じでしたね。

次々とヒロアカにはまる大人たち
海野 コラボスタートの時点でヒロアカのファンだったのは、私と石原さんくらいでした。タイトルやあらすじは知っていてもすべての内容を理解しているメンバーが少なかったので、当時の私の部下で、ターゲット世代でもある三好さんに観てもらいました。
三好 「この課でやる業務なのか?」とはずっと思っていました(笑)。でも、作品自体はすごく力があるコンテンツだと思いましたし、週刊少年ジャンプ原作の作品でありながら、女性にも訴求できそうだと感じました。静鉄電車の車両「静岡レインボートレインズ」の色とキャラクターのイメージカラーが偶然マッチしていたので、これはやるしかない!という思いもありました。
―最初はグループの鉄道とホテルがコラボに参画しました。バスは入っていませんね。
石原 第1弾は蚊帳の外でした。海野は彼が入社した当時に同じ部署に来た後輩なので、第1弾を海野が始めたと聞いたときは「なんで声をかけなかったんだ」と(笑)。
海野 石原さんは当初コラボ事業には参加しなかったけれどグッズを買いに来てくれましたよね。しかもまあまあな量で(笑)。
鈴木 私はコラボツールのデザイナーとして最初から関わらせていただきました。最初、私は全く知らなかったんです、ヒロアカのことを。この話を担当することになって勉強のつもりでアニメを観始めたら、みるみるハマってしまいました。子どもと一緒に観ていたんですけど、自分の方がどんどんエスカレートして(笑)。おかげで装飾などに作品への思いが存分に反映できたのかなと思っています。
鉄道会社初のヒロアカコラボが始動
―ところで、なぜ静岡でヒロアカなのでしょう?
海野 主人公の緑谷出久が通う高校の所在地は静岡県のどこかということになっています。作品の中にも静岡の景色が少し出てきます。原作のマンガで富士山が描かれたのが、偶然なのか何なのか、ちょうどコラボが情報解禁になったタイミングでした。
―アニメ“ヒロアカ側”にコラボの話を持ちかけるのは勇気が要ることだったのでは?
海野 何のつながりもなかったので、まず公式webサイトのお問い合わせ窓口に電話して「すみません、静岡の鉄道会社の者ですが…」という感じで。それからいくつかの部署を経て窓口にたどり着きました。企画書を見ていただいて、直接説明に行ったら、意外と反応が良かったんです。当初は「静岡」だから受け入れていただいたわけではなく、コラボ案として面白いという評価でした。そこで、静岡レインボートレインズのカラーリングがキャラクターの色と合うとか、主人公:緑谷出久役の声優・山下大輝さんが浜松市出身で、静岡県とのつながりはファクトとしてあるという話をしました。それから1カ月もせずに「具体的に進めていきましょう!」という流れになって。
三好 そこから怒涛でしたよね。
海野 世界的にも有名な作品とのコラボでしたので、すぐに進めていけると思っておらず、「我々の準備は大丈夫??」と。そこからバタバタしました。経営陣にも「すみません、この間報告した企画、先方のOKが出たので本格的に進行しますが大丈夫ですよね??」みたいな。

社員にも極秘のミッション
―具体的にどんな企画を展開したのでしょう?
三好 鉄道会社とのコラボ、しかも静岡という地方でのアニメコラボということで、なるべくインパクトの残るものをやろうと考えました。キャラクターのイメージカラーと電車のカラーを合わせ、各色のキャラクターで電車7編成をラッピングすることにしました。ラッピング電車は外から見る人が多いのですが、鉄道会社としては乗ってもらいたいので、主人公:緑谷出久役の声優・山下大輝さんに車内放送をしてもらい、電車に乗る楽しみを創出して、それを目的に静岡に来ていただくことを狙いました。普段の電車は移動のための手段ですが、乗ること自体が目的になるのは面白いのでは、と。また静鉄ホテルプレジオの一室をまるごとヒロアカデザインのコンセプトルームにして、泊まりでも楽しめるようにしました。
海野 情報漏洩を避けるため、当初からこの企画を知っていたのは上層部と我々だけでした。鉄道やホテルが低迷していたタイミングでもあったので、会社として利益へのこだわりは求められましたが、上層部も寛大で、企画の進行を全力で応援してくれました。
三好 始まって9カ月くらいは極秘で進みましたね。
海野 情報解禁までは外部に情報が漏れないよう機密情報として企画に取り組んでいたため、グッズなどのデザインもすべて限られたメンバーだけのクローズドな環境で作っていました。例えばグッズのラフデザインが上がってきた時や、その後色が付いたり背景が付いたりするたびに感動したんですが、それがずっと言えない(笑)。
三好 色校正などの作業も、あまり人目に触れないところでやっていました。
海野 経営陣には要所要所でビジュアルを見せましたが、作品を知っている我々に任せていただけることもあり、結果的に我々で決定することが多くなりました。
三好 キャラクターのことを知っているからこそ思い付く発想もありますしね!
海野 上層部が自分にある程度任せてくれた当時の環境はすごく良かったと思います。ただ、だからこそ失敗したらどうしようと不安でした。もしファンの方からの反応がなかったら誰が責任を取るのか、とか。

極秘プロジェクトついに解禁
―満を持して情報解禁したときはいかがでしたか?
海野 すごい反響でした。まず社内がざわついた。社内でもファンが多い作品でしたから。それからSNSはわずか1時間で1万いいねがついて、たちまち4万いいねを叩き出しました。人気インフルエンサーになった気分でした(笑)。
三好 解放感がありましたね。ずっと言えなかったので。
海野 反応の中には、なぜ静岡?静鉄ってどこ?というコメントも当然ありました。
三好 情報解禁の直前に原作で静岡が出たタイミングだったので、アニメだけ見ているファン層は疑問に思ったでしょうね。
―その後、コラボ開始までの準備で大変だったことは?
三好 初日にラッピング電車の出発式イベントをやることになっていまして。主人公:緑谷出久役の声優・山下さんを鉄道の車庫である長沼営業所にお招きして、デクのイメージカラーの緑色の電車をお披露目し、そのまま走り出すという流れでした。でも、お客様がどれくらい来てくれるのかわからない。それでチケットは200人限定にしましたが、それでも「200人集まるかな」と言いながら進めていました。
海野 金額設定も悩みましたね。そのチケット発売日は土曜日でした。私はその日ゴルフをしていて。
石原 一緒にゴルフ中でした(笑)。
海野 10時にオンライン販売開始だったので、コースを少し抜けて、10時ぴったりにサイトをチェックしました。すると販売が表示されていなかったんです。「システムエラーか!?」と慌てましたが、よく調べてみると10秒か15秒の間に売り切れていた。キチンと販売されていたことにホッとしたのと同時に、売れ行きの良さに背筋がスッとしました。その瞬間が一番「これは来る」と感じました。
三好 200人という人数は今考えれば多くはないのですが、当時の我々からすると「200人がチケットを購入して来てくれるんだから、お客様をがっかりさせてはいけない!」という感じでした。イベント担当の荒尾さんに「楽しみにしてくれているお客様を満足させたいから、あとをよろしく」とお願いして。
荒尾 そこから私も合流しました。イベント運営は経験があったので。

歴史に残る初日イベント
―初日のお客様の様子は?
三好 大変でした。来るだろうとは思っていましたが、想像以上のお客様が来られて。
海野 SNSでの反響は凄かったですが、実際に静岡に来て電車に乗ってくれるのか、このときまで正直あまり信用していませんでした。でも蓋を開けたらとんでもない数のお客様が来ました。イベント会場に入らずグッズだけを買いに来る人の行列が3時間待ち以上になるほどでした。
三好 初日のグッズ販売は半日で約500人に対応するのがやっとでした。諦めてお帰りになった方もいたかもしれません。初めて尽くしで想定以上のことがたくさん起こりました。
荒尾 「若い方々がこんなに集まるんだ」と驚きました。
三好 いつもの鉄道のイベントは基本的に鉄道好きな男性が多いんです。でもその日はいろんな方がグッズをたくさん持って沿線各地にいらっしゃるのを目にしました。
海野 初日のイベントでいうと今回訪れたファンの方は95%くらいが女性で、ほとんどが20代でした。その日は静岡鉄道の歴史上おそらく初めて、グッズ収入が旅客運輸収入(電車に乗るための運賃収入)を超えました。日曜日で運賃収入が少ないということもありますが、1日のグッズ収入がそれを上回ったのは異常です(笑)。
三好 コラボ企画で販売したグッズではキャラクターに当社の鉄道の制服を着てもらっています。高校生のキャラクターたちがこういう鉄道の制服を着るのは目新しくて、ファンの方が大変盛り上がってくださいましたね。

―お客様からはどんな感想が聞かれましたか?
海野 SNS上では本当にうれしい反応が多くて。「静岡に初上陸しました」とか「静岡鉄道沿線にこんないいところがあるのを知りました」など、コラボを通して静岡を楽しんでいる声を結構目にしました。県外から静岡に来てもらうという狙いが達成された感覚はありましたね。
三好 大変多くの方にお越しいただいたので、早々に完売してしまうグッズもありました。
海野 そもそも通常はイベント用の鉄道グッズは数百個しか作らないんですよ。それをコラボのキーホルダーだけでも相当の量作ったので、自分としては割と攻めているつもりでした。でもそれが3〜4時間で売り切れた。追加発注を何度もしましたが、そのたびに売り切れました。これまでの経験則が通用しなかったので苦労しましたが、作ったグッズを喜んでお求めいただけたのはうれしかったですね。

第1弾成功の鍵は「制服」
海野 第1弾は2024年6月の中旬に終わりました。最終的に社内外からの反響は上々だったと認識しています。具体的にはSNSなどのインプレッション数や、実際に足を運んでくださったお客様の人数、グッズの販売数などにいい評価をいただいた印象です。地方でもこれだけの人流を生み出せることを示せたと思います。その勝因ははっきりわかりませんが、我々の企画では鉄道の制服という今までにないキャラクターのビジュアルが新鮮でしたし、みんな同じ制服を着て並んでいる姿がスタイリッシュでかっこいいという認識につながった。ファンの方が見たいビジュアルが功を奏したのだと思います。
―制服を着せるというアイデアはどこから?
海野 自分の中では制服を着せることは最初から決まっていました。その理由は所属していた安全推進課のミッションでもあった、従業員のエンゲージメント向上のためです。世界で累計1億部売れている原作作品のアニメキャラクターが自分たちの制服を着ているって、鉄道部の社員は絶対うれしいと思ったんですよ。運転士や駅務係(駅員)などの現場の方々が、自分の制服を誇らしいと感じてくれればいいなと思っています。
静鉄グループ史に残る大きな反響を呼んだコラボ企画。その発端が、社内の頑張る意欲を高めるためという口実から始まったとは・・・。「やってみればできる」のだと実感したのは、発案者の海野さんたちだけではなかったことでしょう。かくして翌2025年、プロジェクトメンバーは第1弾以上の大きな期待とプレッシャーを背負って第2弾に挑みます。その裏話はまた次回。

■後編はこちら
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