【酒井公夫会長退任インタビュー】まず、地域の活性化を一番に

2005年に静岡鉄道社長に就任して以来21年にわたってグループを牽引してきた酒井公夫会長が2026年4月をもって退任しました。新静岡セノバの開業をはじめ、地域の景色を変える仕事を成し遂げてきた酒井氏(現特別顧問)が、この21年を振り返って今の思いを語りました。

●エキサイティングな48年

―社長として10年、会長として11年、大役を果たした今の心境は。
入社以来48年、エキサイティングな日々でした。まずそれに感謝したいです。交通事業は日々いろいろなことが起こります。毎日が事故のリスクに直面する日々とも言えます。何かあったらどう対応するか毎日考えていました。

―社長時代の成果の中でも特に大きなトピックは、2011年の新静岡セノバ開業ですね。
社長に就任した際の記者会見で、新聞記者から「新静岡センター(新静岡セノバの前身)の再開発はいつやるのですか」と聞かれたのが発端でした。新静岡の再開発プロジェクトは私が入社する前からありましたから。その時私は社長を10年しかやらないつもりでしたので、「10年以内に」と言ってしまいました。その時点で何のアイデアもなかったのですが・・・。以来いろいろなハードルはありましたが、プロジェクトチームが頑張ってくれて、結果的に7年でセノバ開業にこぎ着けました。

―ゼロから始めたセノバ建設、苦労も多かったのでは。
そもそも建て替えた最大の理由は耐震化です。お客様に被害が及ぶ危険があるのに放置しておくわけにはいきません。それに、新しいものを作るのですから、むしろ楽しい仕事でした。当時、旧施設のバスターミナル敷地内に市道が通っていたために建て替えの障壁になっていたのですが、プロジェクトメンバーが力を尽くしてくれて、市と等価交換する形で市道を施設西側等の周辺へ移すというやり方で難しい課題を解決してくれました。おかげで西側道路も広がり、バスの回遊性も良くなりました。

私の仕事は建設コストを下げることと、コンセプトを守ることでした。コストに関しては、ちょうどリーマン・ショックのタイミングだったこともあって大幅に削減でき、将来にわたる償却費も抑えることができました。  
当時コンセプトとして掲げたのは、新施設を本当の意味で街の「センター」にすることでした。旧新静岡センター東側のエリアと、静岡の中心である「おまち」のエリアはバスターミナルで分断されていて、人の流れがあまりありませんでした。なんとか人の流れが動く形にするために、様々な議論を重ねた末にたどり着いたアイデアが、セノバ1階の中央に自由通路を作ることでした。建物の真ん中を通路でぶち抜くというのはかなり思い切ったアイデアでしたが、この自由通路によって、生活に密着したバスターミナルと華やかな商業施設を区切りながら人の流れをつなぐことができました。これは非常に難しいことです。さらに、従来のバスターミナルは乗り場に行くのに階段を昇り降りする必要がありましたが、これによって鉄道とバスをバリアフリーでつなげることができ、ターミナルとしての問題も解消できました。この計画図を見た時「これなら抱えていた問題をすべて解決でき、商業施設としても素晴らしいものになる」と確信しました。

―今では文字通り街の「センター」的存在になりました。
オープン後のセノバがうまく行っているのは、テナントを充実させ常に新鮮な施設作りを進めてきたスタッフの努力のおかげです。その成果として2025年度は館内売上が初めて200億円を超えました。地方の商業施設は年々売り上げが下がるのが普通という中、素晴らしいことです。
ただ、セノバだけが勝てばいいわけではありません。静岡が魅力ある都市になるには中心街全体が人を呼べるエリアにならなければ。自社の売り上げを上げるのはその次の話です。

●「鉄道会社」としての存在感

―セノバ以外にも数々の社内変革や刷新を果たしました。印象に残っていることは。
まず思い浮かぶのは鉄道の車両更新です。巨額の投資になりますが、車両を新しくしたところで収入は増えません。当時の鉄道事業の収支はかろうじて黒字といった状況でしたので、反対意見も当然ありました。けれど当時の車両では「ドアが閉まらなくなった」「車両が動かなくなった」といった報告が本当に頻繁に来ていました。

鉄道部の担当者たちは会社に迷惑をかけたくないという意識がとても強く、新しい車両を買い入れるためになんとか収支の帳尻を合わせようと必死に策を練っていました。でも私は「やめよう、その話は」と言いました。交通事業の投資というのは「事業を継続するという意思表示」だから、収支うんぬん言っても意味がないと。それよりも事故のリスクが心配で眠れなくなる方が嫌だったのです。  
静鉄グループの中で、鉄道の売り上げは1%に満たないのが実情です。それでも鉄道事業が持っている「規律正しさ」は、社のガバナンスにとって不可欠です。静岡鉄道という地域に根差した、逃げも隠れもできない会社のグループだからこそ、不動産事業でもカーディーラーでも強い責任感を持ちます。さらにお客様がそれを「安心」と考えてくださったらありがたいことです。だから静岡鉄道という社名は将来どんなことがあっても残していくべきだと思いますね。

●考えを口に出すというガバナンス

―ところで、現在のような経営的視点を持つようになったのは、ご自身のキャリアの中でいつ頃ですか。
転換点は明確にありますね。35歳で企画課長として、当社初の中期経営計画を作った時です。社内の役員や部長課長にインタビューし、会社の課題や今後の方向性を尋ねたのですが、その答えは生意気盛りの私には納得できないものでした。問題が挙がるばかりで「こうしたい」という建設的なビジョンが見えて来なかったのです。私は危機感を持ちました。本当に生意気なのですが、前社長から社長を受け継ぐよう打診をいただいた時「分かりました」と即答したのも、そんな危機感があったからです。

社長に就任した直後から「ターゲット」ということばを使い始めました。まず今の自分たちの実力や環境を含めて考えて、3年後にこうなりたいという目標(ターゲット)を決め、そこから逆算して今何をすべきか考えること。当時カルロス・ゴーン氏が実践していた手法でした。

―では、社のトップとして最も大切にしてきたことは何でしょうか。
自分の考えを口にすることです。全社員にそうなってほしいと思っています。

我々のような非オーナー企業でガバナンスを保つための唯一の力は自浄能力なのです。これがオーナー企業なら、1人のオーナーが全力で考えて皆に方向性を示すことでガバナンスが保たれるわけですが、我々はそうはいきません。社長が右と言っても専務が「左じゃないですか」と言う、部長が右と言っても課長が「左だと思いますよ」と言う、その中でより良いものを会社の意思決定につなげていかないと、ガバナンスは保てないのです。何でも「おっしゃる通り」では会社を滅ぼします。自分の考えが絶対に正しいなんてあり得ませんから。

社長に限らず、上司は部下の価値観を尊重することが大事だと思います。たとえば課長が自分の課のことを第一に考えるのは当然です。部長はそれを頭ごなしに「違う」と言うのではなく、その価値観を受け止めた上で「わかった、でも自分は部長だから部全体として採用しない」といった説明をすることが大切です。言われた側も「なぜ自分の意見が通らなかったのか」を考えればいいのです。「あの人はこういうことを考えたのか。次はその視点も自分の考えに入れてみよう」と。その積み重ねで自分の意見が徐々に通るようになります。上司の目線で考えることで視野が広がり、勝率が上がり、自分の意見が会社の意思決定に近づいてくるのは楽しいこと。働くとはそういうことではないでしょうか。 昔私がいた自動車部の現場には中卒で働き始めた人から社長経験者まで幅広い人がいましたから、価値観も実に様々でした。まず相手の価値観を考えて話すことの大切さは現場で学びましたね。

●地域のために静鉄グループができること

―長年経営者として静岡という地域を見つめてきて、どんな変化を感じていますか。
一番は人口減少の問題ですね。静岡は商業都市のはずですが、人口減少によってその商業がどんどん衰退していく危機感は感じています。私は島田の人間ですが、富士市から島田市あたりまでを100万人都市とすると、その真ん中にある静岡の中心街を魅力あるエリアにしなければ、地域全体が衰退してしまいます。その意味で静岡市街地をもっと元気にしなくてはいけないと思い、同じく地域活性化を死活問題と捉える民法テレビ局4局の営業局長と一緒に「I Loveしずおか協議会」を作りました。当初から「オール静岡」を理念として打ち出し、設立から15年近く経ちましたが、地域にとって良い存在になってきていると思いますよ。

自社の数字を上げることばかり考えていても、エリアの活性化にはつながらず、マーケットは小さくなるばかりです。だから静鉄グループは、エリア活性化をまずやらなくてはいけない。それをやった上で個々の会社の仕事をやっていく必要があると思っています。これは他社ではなかなか難しい面があります。静鉄グループはまさに「ゆりかごから墓場まで」といえるほど地域の生活に密着していますから、地域の底上げをしようとする時に最もお役に立てる企業の一つではないかと思います。 それは静鉄グループの強みでもありますね。事業の守備範囲が広く、地域の様々な場面で信頼される静鉄グループであればこそ、お客様に「静鉄グループの会社だから買おう」と思っていただける会社だと思っています。

●常に地域の活性化を念頭に

―では、地域の皆さまと静鉄グループ従業員へ、メッセージをお願いします。
人口減少という避けて通れない問題の中、一人一人が幸せになるためには、地域に今あるインフラや環境の活用方法を再検討し、地域全体で幸せを追求していくことが大事だと私は思っています。静鉄グループの従業員には、常に「地域の活性化」を頭に入れて仕事をしてほしいと思っています。地域あってのグループ各社だということを忘れず、いろいろな活動をしてほしいですね。そして地域の皆さまにも、地域とともに歩む静鉄グループの取り組みにご期待いただけたらと思っています。

トップに戻る